この記事では、契約書の一般条項で基本中の基本の管轄条項について弁護士が解説をしています。
管轄は突き詰めるとなかなか奥が深く、専門性も高い事項ですが、契約書で定める管轄条項は基本を押さえれば、法務初心者でも十分対応できます。
契約書で定める管轄とは
まず、基本知識として、契約書で定める管轄とは、ある紛争について裁判をする場合にどこの裁判所を利用するかを決めるものです。
ある事件の管轄がどの裁判所に認められるかに関しては民事訴訟法が定めており、原則は被告の住所地を管轄する裁判所の管轄に属します(民訴法第4条)。
例えば、名古屋に住所がある相手を被告として訴えを提起する場合は、名古屋地方裁判所や名古屋簡易裁判所が管轄を有します。
そのほか、例えば不法行為に関する訴えについては不法行為が行われた場所、不動産に関する訴えについては不動産のある場所を管轄する裁判所が管轄を有するなど細かい定めが民事訴訟法におかれています(民訴法5条)。
契約書の管轄条項は合意管轄を定めるもの
管轄のルールは民事訴訟法に細かく規定されていますが、第1審に限っては、当事者の合意で管轄裁判所を定めることができ、これを合意管轄といいます(民訴法11条)。
合意管轄を定めるには、書面(または電磁的記録)で合意をする必要があり(民訴法11条2項、3項)、それを定めるのが契約書の管轄条項というわけです。
また、合意管轄は、一定の法律関係に基づく訴えについてなされるものでないと有効ではありません。
これは要するに「当事者間の将来の訴訟全部」といったものはダメということで、「本契約に関する一切の紛争」といった程度に特定されていれば十分です。
- 契約書の管轄条項は、合意管轄を定めるもの
- 管轄の合意は、書面また電磁的記録でする必要がある
管轄条項を定める上での基本的なルール
管轄条項を定める上での基本的なルールについて解説します。まずはこれだけ押さえて下さい。
付加的合意か専属的合意か
合意管轄の定めには、民訴法上管轄が認められる裁判所に加えて特定の裁判所を追加する付加的合意管轄と、特定の裁判所に限定して管轄を認める専属的合意管轄があります。
契約書で定める管轄は基本的に専属的合意管轄です。
契約書で定める場合は、これが専属的合意管轄の定めであることを明確にして、付加的合意管轄だと解釈されないようにすることが重要になります。
具体的には、「〇〇地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。」などと記載すれば十分です。
地方裁判所と簡易裁判所に限られる
合意管轄は、第1審の裁判所、地方裁判所と簡易裁判所に限られます。
いきなり、高等裁判所や最高裁判所を合意管轄として指定することはできません。
また、第2審以降の裁判所を指定することもできません。
専属管轄に反する裁判所を指定することはできない
専属的合意管轄と紛らわしいものとして、専属管轄があります。
専属管轄とは、法定の管轄のうち、裁判の適正・迅速という公益的要請から、法律の定めのとは別の管轄を生じさせることを認めない管轄です。要するにその裁判所以外ダメっていうことです。
例えば、専門性の高い特許権等に関する訴えは、地域によって、東京地裁か大阪地裁にのみ専属管轄が認められています(民訴法6条)。
裁判所の支部の指定はできない
地方裁判所には地域に応じて支部が設けられています。
例えば、名古屋地方裁判所には、名古屋市中区にある本庁の他に、一宮、岡崎、半田、豊橋といった支部が設けられています。
本庁と支部の振り分けは、基本的には場所で管轄が決まる場合は、その場所を管轄する支部がある場合は、その支部に訴訟を提起することになります。
もっとも、これはあくまで裁判所側の振り分けの問題であって、利用者側で裁判所に強制をすることはできません。
例えば、不法行為地が一宮市内である事件で、名古屋地裁一宮支部に訴訟提起をしても、事案が複雑だったりした場合は名古屋地裁本庁に回付されることもあります。これに対し、当事者は不服申し立てをすることはできません。
このように本庁か支部かという問題は、裁判所側が決めることなので、契約書では、名古屋地裁一宮支部を専属的合意管轄としても、支部の定めは拘束力がありません。
自社に有利な管轄条項にするためには
自社の最寄りの裁判所とするのが大原則
管轄条項を自社に有利な条項とするためには、基本的には自社の最寄りの裁判所を専属的合意管轄とすることになります。
例えば、名古屋に本店がある会社であれば次のような定め方になるでしょう。
- 本契約に関する一切の紛争は、名古屋地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
- 本契約に関する一切の紛争は、○○(自社)の本店所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
訴える側となるか、訴えられる側となるか
契約交渉上、互いに自社側の裁判所を専属的合意管轄とすることを譲らない場合は多々あります。
その場合は、原告となる者、被告となる者いずれかの所在地を管轄する裁判所を専属的合意管轄とする条項にすることも多いです。
この場合は自社が原告・被告いずれになる可能性が高いかを考慮して管轄条項の交渉をすることになります。
例えば、後払いの売買契約であれば、買主側が代金請求のための訴訟を起こす可能性が高くなりますし、先払いの請負契約では注文者側が損害賠償請求等の訴訟を起こす可能性が高くなることなどが予想されます。
こういった支払条件や債務不履行や契約不適合がおこる可能性なども考慮して、自社が原告・被告いずれになる可能性が高いかを考慮して管轄条項を定めます。
ここで重要なことは、自社が裁判を起こしやすいようにするか、相手が裁判を起こしにくいようにするかという視点をもつことです。
原告側に管轄 | 被告側に管轄 | |||
相手方との距離 | 近場 | 遠方 | 近場 | 遠方 |
裁判の起こしやすさ | 〇 | 〇 | 〇 | × |
請求側交渉時の優位性 | △ | 〇 | △ | × |
被請求側交渉時の優位性 | △ | × | △ | 〇 |
本契約に関する一切の紛争は、原告となる者の本店所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
契約書を自社で作成する
管轄条項は、基本的には契約書を作成した側に有利な条項になっているのがデフォルトです。
わざわざ自社に不利な契約書を作ることはありません。
そのため、自社で主導権をもって契約書を作成することが管轄条項の交渉を優位に進める第1の手段です。これは管轄条項の交渉に限りません。
相手が指摘してこなければ問題ありませんし、契約書の交渉に慣れていない相手なら心理的に修正依頼はかけにくかったりします。
利用規約化、定型色を強くする
管轄条項は基本的には取引の力関係で、どちらに有利になるか決まります。
契約締結時の力関係のバロメーターともいえる条項です。
もっとも、利用規約のように定型で一律に適用されるようなものは、そもそも交渉にならなかったり、交渉になっても一律これなので変えられませんということでとおりやすい傾向を感じます。
WEBサービスや定型サービス系の業務は比較的利用規約化がしやすいので、利用規約化したり、定型色を強めていくことも考慮できるでしょう。
ただし、約款での合意が専属的合意か付加的合意かについては裁判例上、争いがあります。特に取引当事者が企業対一般顧客のように、経済力等に力関係がある場合は、「専属的合意管轄」との記載があっても付加的合意と判断される場合があります。
神戸地裁尼崎支部決定平成23年10月14日
本件のようなインターネットのみを媒介とした取引において、電磁的記録の約款上の管轄条項によってなされる管轄合意については、・・・約款による合意をした際に、直ちに排他的な専属管轄の合意までしていると解することはできないというべきである。それゆえ、約款上及び約款承諾画面上において、競合する法定管轄裁判所のうち特定の裁判所に限定して管轄裁判所とすることに顧客が合意し、その他の管轄を排除することが顧客にとって明らかであるとか、管轄合意について特に注意喚起がなされている等の特段の事情がない限り、排他的な管轄合意ではなく、法定管轄を排除しないで合意した裁判所との併存を認める旨の合意をしたと解するのが当事者の合理的意思に照らして相当である。
簡易裁判所を排除するか否か
訴額が140万円以下の請求に関する訴訟は、簡易裁判所が管轄を有します。
もっとも、専属的合意管轄を地方裁判所に定めれば、訴額が140万円以下であっても地方裁判所に訴えを提起することになります。
簡易裁判所に通常民事訴訟を提起することのメリットは、次のようなものが挙げられます。
- 認定司法書士や従業員(許可が必要)が出廷することができる(地裁は弁護士か代表者が出廷しなければならない)
- 片方当事者の出廷だけで審理を進められる(地裁は2回目以降は両当事者が出廷しなければならない)
- 場所によっては裁判所が近くなる(住所が春日井の場合、地裁は名古屋地裁本庁になるが、簡裁は春日井簡裁を使える等)
もっとも、これらのメリットは一方当事者にはマイナスに働くおそれもあります。
例えば、簡裁では2回目以降の裁判期日も、片方当事者は出廷しなくとも書面を出せば出廷したのと同様の効果が得られますが(擬制陳述)、これは被告側にとって裁判の負担が減る一方、原告側にとっては訴訟を起こすことによる相手へのプレッシャーが弱まることになります。
また、簡易裁判所の裁判官は、書記官から任命されたり、定年過ぎの裁判官から任命されることが多く、能力にバラつきがあるとの評価があり、地裁に比べると判決結果が予想しにくいというリスクもあります。
訴訟案件は必ず弁護士が就くような会社であれば、あえて簡裁を残しておくメリットも低いので、専属的合意管轄は地方裁判所に限定しておけばよいかと思います。
定型的な債権回収が多く、弁護士なしで自社で訴訟をできる場合は、簡裁を残しておくメリットがあります。